AX ブエノスアイレス:cuatro | ハーレム通信




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ブエノスアイレス:cuatro
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久しぶりに会った未央は、学生時代となんらかわってなかった。変わったことといえば、歯列矯正のブリッジが取れていて、きれいな歯並びになっていたことぐらいだろうか。

未央はちょうど、自分の描いたイラストを出版社に持ち込みに行った帰りだった。
彼女はイラストレーターになりたく、ほぼ毎日のようにいろんな出版社の編集さんに、イラストを見せに行っていた。そのおかげか、ささやかながら月に1万か2万円の収入があるということだったけれど、でも圧倒的に生活費は、当時はやりの、オープンカフェで稼いでいた。

ぼくらが偶然再会したとき、未央は青山にある小さなギャラリーで友だちと展覧会を開いていて、これから顔を出すから哲朗くんも行かないかと訊いてきた。ぼくはとくに予定はなかったし、久しぶりにあった哲朗くんと話がしたいなと言われて、断る理由は見つからなかった。

ぼくらは共通の友だち(といってもほとんどが未央個人の友だちだ)の話をし、薫の話をし、ぼくの仕事の話をした。
未央はぼくのバイトに興味を持ち、偶然再会したあと、ちょくちょくお店に顔を出すようになった。そしてぼくの作品を読みたいといい(といっても作品として形になっているものは、ほとんどない。それでもいいと言った)、ぼくも彼女の描いた作品をみせてもらい、お互いの作品について語り合ったりした。

「ねえ、2回生のときに友だちとクリスマスにパーティーしたじゃない。覚えている? そう、薫と一緒に来たパーティー。あのとき哲っちゃん、有機栽培のトマトと携帯用天然甘塩を持ってきたでしょ。面白いセンスしているなって思ったの。それからあたしの中でちょっと気になる人になったんだ」

大学時代、友だちの家でやるクリスマス・パーティーに誘われた。
ぼくはあまり気乗りしなかったけれど、世界中が浮かれているなか、一人でいれるほどの孤独にはまだ耐えられず、薫も行くというから金魚のフンのようについていったのだ。

そのパーティーに参加する人は千円以内でプレゼント交換用品を買わなくてはならなかった。ぼくはいったい何を持っていったらいいのかわからなかったから、千円分の有機栽培のトマトと天然甘塩を買っていったのだった。

未央の意見はぼくにとって心外だった。そしてそれは、ぼくの体内奥深くにある琴線に触れた。

「それで? 恋に堕ちたっていうのね」
未央と再会して2ヶ月後、ぼくのバイト先の近所で働いている薫がお昼休みにやって来て、コンビニで買った卵サンドをほおばりながらぼくに言った。

「恋に堕ちたっていうのか……なんかさ、安心するんだよ、わかるかな。ぼくはここで店番をしている。彼女はそこのテーブルに座って作品を考えている。会話なんかないんだけど、でも、すごくいいんだよ、その空気っていうか、空間が」

薫は500ミリリットルの牛乳パックに刺したストローで、残りの牛乳をわざと音を出しながら吸い上げ、「わかるよ、すごく」と、飲み干したパックをたたみ、そして「あたしと田島の間には永遠には訪れないものだね」と言った。

それから薫は食後の一服を楽しむためにマルボロライトを口にくわえ、手を密かに振るわせながら火をつけたのを、ぼくは見逃さなかった。

ぼくは何も言わなかった。薫も何も言わなかった。薫の手から伸び出しているたばこの煙が穏やかにぼくらの空間を支配していった。

そうしてぼくの長い恋の始まりが告げられるのだった。
| 小説 | 11:20 | - | - |
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