AX ブエノスアイレス:tres | ハーレム通信




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ブエノスアイレス:tres
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ぼくと未央の話。

ぼくが初めて未央に会ったのは、薫と未央が所属していたサークルの部室でだった。
その当時の彼女たちは『都市研究会』という、都会生活における若者の実態という名目で、自分たちが一番興味のあることのみに関して活動をするというサークルに身を置いていた。

あるとき、薫を訪ね行ったぼくはその部室にいた未央と出会い、紹介された。そしてぼくちは、どこにでもいるような初対面の人たちがやる挨拶をしたのだった。

ぼくは薫から未央のことを少しだけ聞いていた。ショートカットで面長で、やせているから少年のように見えると。

その時の未央は歯列矯正をしていて、でもそんなことは、コンタクトレンズをしているのと同じと思っているのか、まったく意に介さず「この金属が唇の裏側を傷つけて痛い」とか「ニラやもやしを食べるとブリッジの奥に絡まって飲み込むのが大変だ」とか、初対面のぼくに言ったのだった。でもぼくはどう答えたらいいのかわからなくって「早くとれるといいね」と、一般的な間抜けな返事をした。

そんなぼくに向かって未央は思いっきりブリッジを見せながらにっこりと笑って「ないしょだけどね、実は気に入ってるの。だって絡まないで食べれたときのうれしさっていったら、そりゃもう、阪神が優勝したのと同じくらいにうれしいのよ、本当に」と言ったのだった。

それから未央はぼくより積極的に(ほとんどの人がそうだろうけれど)、ぼくと薫の関係を訊き、ぼくの生活について訊いてきた。

ぼくは他人とうまくコミュニケートをとることができないので、初対面の人と対で話すのは実は好きじゃない。でも、未央とはそんなことはなかった。すべて彼女がぼくに訊ね、ぼくが答えていたせいもあるけれど、薫とはまた違って話しやすかった。

この日を境に、ぼくらはよく顔を合わせるようになった。

薫と未央の友だちがやるパーティに参加したり、イベントになんだかんだと顔を出していたからだ。
でも、二人っきりででかけるようなことはなかった。ぼくと未央の間には必ず誰かがいた。いくら彼女がぼくのことを「哲っちゃん」と親しみを込めて呼んでくれるようになっても。

それからぼくらは卒業して、未央ともそれっきりになってしまった。

大学を卒業したあと、ぼくは就職しなかった。
ぼくは文書を書くのが好きだったから、こんな、コンピューターの時代に今さらながら文章を書くことを生業にするのはどうかと思ったけれど、そうしようと思い、知り合いがやっている本屋(中古レコードも取り扱っている)兼カフェというのか、ちょっと休息所として簡単な飲み物が飲めるスペースがあるお店でバイトを始めた。

ここはぼくにとってはうってつけだった。好きなだけ本が読めるし、音楽も自分の好きなものが聴けるし、文章だって書くことができた。何よりも他人との関わりが薄い。たまにお客でマニアックに熱く語る人がいてうっとうしいけれど、基本的に自分の好きなものに囲まれていたので苦痛は伴わなかった。

ある日、未央とぼくは再会した。今から4年前、卒業して3年後に。井の頭線の渋谷駅の改札で。
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